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伝え継ぐ味わい

concept

初代の味と手法を受け継ぎ、一つ一つに真心を込めて

萬順は、1884(明治17)年創業。

古くから中国貿易で栄え、海外との貿易が厳しく制限された鎖国の時代にも日本で唯一開かれていた国際貿易都市“長崎”の地で、その商いの歴史は始まりました。

明治から令和まで、時代を超えて五代目。137年に渡って初代から受け継ぐ味と手法を基本にしながら、時代に合った味の洗練を目指し、今も一つ一つ丁寧に手作り手法を守りつづけています。

長崎の歴史の趣深い寺町通りで製造直売する異国情緒漂う中華菓子や郷土菓子の数々は、長崎らしさを感じさせるお土産として長崎を訪れる観光客をはじめ、地元の方にも広く親しまれております。オンラインストアや通信販売を通じて全国各地にもお届けしております。

萬順製菓ならではの昔ながらの味わいをお楽しみください。

萬順製菓の歴史

history

長崎市新地中華街

明治17年創業

中華菓子の萬順製菓は、江戸時代の頃から小麦粉や砂糖を中国から運んでいた貿易商・萬順號(まんじゅんごう)が起源です。

当時貴重であった砂糖が手に入りやすい環境下であったことから1884(明治17)年、長崎市新地に菓舗萬順として創業しました。

二代目と孫文

孫文訪日と2代目

2代目が店を引き継いだ頃は菓子づくりには専念せず貿易の方に力を入れていました。

その頃、中国で起こった辛亥革命で英雄となった孫文が1913(大正2)年に長崎を訪問ました。現在の館内町天后堂横にあった福建会館会議堂にて撮られた集合写真が残されており、当時の華僑の代表の方々や李家県知事、北川市長ら総勢70余名と共に萬順2代目当主も姿もあります。

3代目の華々しい受賞歴

3代目が引き継いだ戦後

第二次世界大戦が終結すると3代目当主・林昭夫は製菓業に本格的に専念することとなります。
その功績が認められ、全国菓子博覧会などで「金賞」「内閣総理大臣賞」をはじめ幾多の賞も受賞しました。

当時は金銭餠や月餅が商品の中心で、現在では人気商品となっている脆麻花(よりより)は駄菓子のような存在だったことから「よりより」という名前もまだありませんでした。

貿易業からの撤退

貿易業からの撤退

菓子屋を新装開店し、製菓業に本腰を入れ始めた矢先、嵐により船が沈没。貿易で莫大な損害を抱えることとなります。
時を同じくして菓子屋を切り盛りしていた三代目夫人も病気により他界するなどの不幸が重なったことから規模を縮小し、現在の店舗がある諏訪町への移転を余儀なくされました。

再起を図るため1970(昭和45)年に有限会社萬順製菓を設立しました。しかし、経営はなかなか好転しないまま、1978(昭和53)年、地元の大手小売店で食品統括を務めていた経歴を持つ4代目・井上重男に店を託すこととなります。

時代に合わせた洗練

4代目を託された井上重男は資金繰りを好転させるために自社製造自社販売に重きを置きます。

初代から受け継ぐ味と手法を継承しながら、時代に合わせた味の洗練を目指し、商品構成を一新。新たにカステラや一口香といった長崎菓子も手掛け、商品の開発にも尽力しました。

伝統の手法と味は5代目へ

2008(平成20)年、4代目・井上重男の死去を受け、現在の代表・井上忠彦が5代目として店を引き継ぐことになります。

2013(平成25)年にちよりを発売し、長崎県新作展優秀賞を受賞。2015(平成27)年にめがね橋店を出店するなど、初代から受け継ぐ味と手法を基本にしながら、より洗練された味わいと進化を目指して今も一つ一つ丁寧に手作り手法を守りつづけています。

主な受賞歴

award

守り続けた確かな伝承の味は、数多くの賞をいただいております。

第14回全国菓子大博覧会金牌賞受賞

第17回全国菓子大博覧会有功賞受賞

全国色菓子大品評会総理大臣賞受賞

全国銘菓名物展京都知事賞受賞

第43回長崎県新作展奨励賞受賞(こうふくまんじう)

第45回長崎県新作展優秀賞受賞(ちより)

店舗紹介

store

萬順 本店

萬順本店の外観

〒850-0873

長崎市諏訪町7-28

0120-24-0477

萬順 眼鏡橋店

萬順眼鏡橋店の外観

〒850-0873

長崎市諏訪町6-3

095-893-8804